つた。以前のお住ならばこれだけでも、大抵あきらめてしまふ所だつた。が、今度は今度だけに、お住もねちねち口説《くど》き出した。
「でもの、さうばかり云つちやゐられなえぢや。あしたの宮下の葬式にやの、丁度今度はおら等の家もお墓の穴掘り役に当つてるがの。かう云ふ時に男手のなえのは、……」
「好いわね。掘り役にはわしが出るわね。」
「まさか、お前、女の癖に、――」
 お住はわざと笑はうとした。が、お民の顔を見ると、うつかり笑ふのも考へものだつた。
「おばあさん、お前さん隠居でもしたくなつたんぢやあるまえね?」
 お民は胡坐の膝を抱いたなり、冷かにかう釘を刺した。突然急所を衝《つ》かれたお住は思はず大きい眼鏡を外《はづ》した。しかし何の為に外したかは彼女自身にもわからなかつた。
「なあん、お前、そんなことを!」
「お前さん広のお父さんの死んだ時に、自分でも云つたことを忘れやしまえね? 此処の家の田地を二つにしちや、御先祖様にもすまなえつて、……」
「ああさ。そりやさう云つたぢや。でもの、まあ考へて見ば。時世時節《ときよじせつ》と云ふこともあるら。こりやどうにも仕かたのなえこんだの。……」
 お住
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