のまんまでせえ荷が過ぎてらあの。それをお前飛んでもなえ、何で養蚕が出来るもんぢや? ちつとはお前おらのことも考へて見てくんなよう。」
お民も姑《しうとめ》に泣かれて見ると、それでもとは云はれた義理ではなかつた。しかし養蚕は断念したものの、桑畑を作ることだけは強情に我意を張り通した。「好いわね。どうせ畑へはわし一人出りやすむんだから。」――お民は不服さうにお住を見ながら、こんな当《あて》つこすりも呟《つぶや》いたりした。
お住は又この時以来、壻を取る話を考へ出した。以前にも暮しを心配したり、世間を兼ねたりした為に、壻をと思つたことは度たびあつた。しかし今度は片時《かたとき》でも留守居役の苦しみを逃れたさに、壻をと思ひはじめたのだつた。それだけに以前に比べれば、今度の壻を取りたさはどの位痛切だか知れなかつた。
丁度裏の蜜柑畠の一ぱいに花をつける頃、ランプの前に陣取つたお住は大きい夜なべの眼鏡越しに、そろそろこの話を持ち出して見た。しかし炉側《ろばた》に胡坐《あぐら》をかいたお民は塩豌豆《しほゑんどう》を噛みながら、「又壻話かね、わしは知らなえよう」と相手になる気色《けしき》も見せなか
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