《たけぐし》へ突き刺し、一しよに炉の火へかざし出した。
「広はよく眠つてるぢや。床の中へ転がして置きや好《い》いに。」
「なあん、けふは莫迦寒《ばかさむ》いから、下ぢやとても寝つかなえよう。」
 お民はかう云ふ間にも煙の出る藷を頬張りはじめた。それは一日の労働に疲れた農夫だけの知つてゐる食ひかただつた。藷は竹串を抜かれる側から、一口にお民に頬張られて行つた。お住は小さい鼾《いびき》を立てる広次の重みを感じながら、せつせと藷を炙《あぶ》りつづけた。
「何しろお前のやうに働くんぢや、人一倍腹も減るらなあ。」
 お住は時々嫁の顔へ感歎に満ちた目を注いだ。しかしお民は無言のまま、煤《すす》けた榾火《ほたび》の光りの中にがつがつ薩摩藷を頬張つてゐた。
       ―――――――――――――――――
 お民は愈《いよいよ》骨身を惜しまず、男の仕事を奪ひつづけた。時には夜もカンテラの光りに菜などをうろ抜いて廻ることもあつた。お住はかう云ふ男まさりの嫁にいつも敬意を感じてゐた。いや、敬意と云ふよりも寧《むし》ろ畏怖《ゐふ》を感じてゐた。お民は野や山の仕事の外は何でもお住に押しつけ切りだつた。この頃で
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