行つたり、――家の中の仕事も少くはなかつた。しかしお住は腰を曲げたまま、何かと楽しさうに働いてゐた。
 或秋も暮れかかつた夜、お民は松葉束を抱へながら、やつと家へ帰つて来た。お住は広次をおぶつたなり、丁度狭苦しい土間の隅に据風呂の下を焚きつけてゐた。
「寒かつつらのう。晩《おそ》かつたぢや?」
「けふはちつといつもよりや、余計な仕事してゐたぢやあ。」
 お民は松葉束を流しもとへ投げ出し、それから泥だらけの草鞋《わらぢ》も脱がずに、大きい炉側《ろばた》へ上《あが》りこんだ。炉の中には櫟《くぬぎ》の根つこが一つ、赤あかと炎を動かしてゐた。お住は直《すぐ》に立ち上らうとした。が、広次をおぶつた腰は風呂桶の縁《ふち》につかまらない限り、容易に上げることも出来ないのだつた。
「直《すぐ》と風呂へはえんなよ。」
「風呂よりもわしは腹が減つてるよ。どら、さきに藷《いも》でも食ふべえ。――煮てあるらあねえ? おばあさん。」
 お住はよちよち流し元へ行き、惣菜《そうざい》に煮た薩摩藷《さつまいも》を鍋ごと炉側へぶら下げて来た。
「とうに煮て待つてたせえにの、はえ、冷たくなつてるよう。」
 二人は藷を竹串
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