んと偉い人かい?」
「なぜや?」
 お住は庖丁の手を休めるなり、孫の顔を見つめずにはゐられなかつた。
「だつて先生がの、修身の時間にさう云つたぜ。広次のお母さんはこの近在に二人とない偉い人だつて。」
「先生がの?」
「うん、先生が。※[#「言+虚」、第4水準2−88−74]《うそ》だのう?」
 お住はまづ狼狽《らうばい》した。孫さへ学校の先生などにそんな大※[#「言+虚」、第4水準2−88−74]を教へられてゐる、――実際お住にはこの位意外な出来事はないのだつた。が、一瞬の狼狽の後、発作的の怒《いかり》に襲はれたお住は別人のやうにお民を罵《ののし》り出した。
「おお、※[#「言+虚」、第4水準2−88−74]だとも、※[#「言+虚」、第4水準2−88−74]の皮だわ。お前のお母さんと云ふ人はな、外でばつか働くせえに、人前は偉く好いけんどな、心はうんと悪《わる》な人だわ。おばあさんばつか追ひ廻してな、気ばつか無暗《むやみ》と強くつてな、……」
 広次は唯驚いたやうに、色を変へた祖母を眺めてゐた。そのうちにお住は反動の来たのか、忽《たちま》ち又涙をこぼしはじめた。
「だからな、このおばあさ
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