りやんだ後、もう一度大きい眼鏡をかけた。それから半ば独語《ひとりごと》のやうにかう話の結末をつけた。
「だがの、お民、中々お前世の中のことは理窟ばつかしぢや行かなえせえに、とつくりお前も考へて見てくんなよ。おらはもう何とも云はなえからの。」
二十分の後、誰か村の若衆が一人、中音《ちゆうおん》に唄をうたひながら、静にこの家の前を通りすぎた。「若い叔母さんけふは草刈りか。草よ靡《なび》けよ。鎌切れろ。」――唄の声の遠のいた時お住はもう一度眼鏡越しに、ちらりとお民の顔を眺めた。が、お民はランプの向うに長ながと足を伸ばしたまま、生欠伸《なまあくび》をしてゐるばかりだつた。
「どら、寝べえ。朝が早えに。」
お民はやつとかう云つたと思ふと、塩豌豆を一掴《ひとつか》みさらつた後、大儀さうに炉側を立ち上つた。……
―――――――――――――――――
お住はその後三四年の間、黙々と苦しみに堪へつづけた。それは云はばはやり切つた馬と同じ軛《くびき》を背負された老馬の経験する苦しみだつた。お民は不相変《あひかはらず》家を外にせつせと野良仕事にかかつてゐた。お住もはた目には不相変小まめに留
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