《たけぐし》へ突き刺し、一しよに炉の火へかざし出した。
「広はよく眠つてるぢや。床の中へ転がして置きや好《い》いに。」
「なあん、けふは莫迦寒《ばかさむ》いから、下ぢやとても寝つかなえよう。」
 お民はかう云ふ間にも煙の出る藷を頬張りはじめた。それは一日の労働に疲れた農夫だけの知つてゐる食ひかただつた。藷は竹串を抜かれる側から、一口にお民に頬張られて行つた。お住は小さい鼾《いびき》を立てる広次の重みを感じながら、せつせと藷を炙《あぶ》りつづけた。
「何しろお前のやうに働くんぢや、人一倍腹も減るらなあ。」
 お住は時々嫁の顔へ感歎に満ちた目を注いだ。しかしお民は無言のまま、煤《すす》けた榾火《ほたび》の光りの中にがつがつ薩摩藷を頬張つてゐた。
       ―――――――――――――――――
 お民は愈《いよいよ》骨身を惜しまず、男の仕事を奪ひつづけた。時には夜もカンテラの光りに菜などをうろ抜いて廻ることもあつた。お住はかう云ふ男まさりの嫁にいつも敬意を感じてゐた。いや、敬意と云ふよりも寧《むし》ろ畏怖《ゐふ》を感じてゐた。お民は野や山の仕事の外は何でもお住に押しつけ切りだつた。この頃ではもう彼女自身の腰巻さへ滅多に洗つたことはなかつた。お住はそれでも苦情を云はずに、曲つた腰を伸ばし伸ばし、一生懸命に働いてゐた。のみならず隣の婆さんにでも遇へば、「何しろお民がああ云ふ風だからね、はえ、わたしはいつ死んでも、家《うち》に苦労は入らなえよう」と、真顔に嫁のことを褒《ほ》めちぎつてゐた。
 しかしお民の「稼ぎ病」は容易に満足しないらしかつた。お民は又一つ年を越すと、今度は川向うの桑畑へも手を拡げると云ひはじめた。何でもお民の言葉によれば、あの五段歩に近い畑を十円ばかりの小作に出してゐるのはどう考へても莫迦莫迦《ばかばか》しい。それよりもあすこに桑を作り、養蚕を片手間にやるとすれば、繭《まゆ》相場に変動の起らない限り、きつと年に百五十円は手取りに出来るとか云ふことだつた。けれども金は欲しいにしろ、この上忙しい思ひをすることは到底お住には堪へられなかつた。殊《こと》に手間のかかる養蚕などは出来ない相談も度を越してゐた。お住はとうとう愚痴まじりにかうお民に反抗した。
「好いかの、お民。おらだつて逃げる訣《わけ》ぢやなえ。逃げる訣ぢやなえけどもの、男手はなえし、泣きつ児はあるし、今
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