一塊の土
芥川龍之介

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)お住《すみ》の倅《せがれ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一層|願《ぐわん》にかけたやうに

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「言+虚」、第4水準2−88−74]
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 お住《すみ》の倅《せがれ》に死別れたのは茶摘みのはじまる時候だつた。倅の仁太郎《にたらう》は足かけ八年、腰ぬけ同様に床に就いてゐた。かう云ふ倅の死んだことは「後生《ごしやう》よし」と云はれるお住にも、悲しいとばかりは限らなかつた。お住は仁太郎の棺の前へ一本線香を手向《たむ》けた時には、兎《と》に角《かく》朝比奈の切通しか何かをやつと通り抜けたやうな気がしてゐた。
 仁太郎の葬式をすました後、まづ問題になつたものは嫁のお民の身の上だつた。お民には男の子が一人あつた。その上寝てゐる仁太郎の代りに野良仕事も大抵は引受けてゐた。それを今出すとすれば、子供の世話に困るのは勿論、暮しさへ到底立ちさうにはなかつた。かたがたお住は四十九日でもすんだら、お民に壻《むこ》を当がつた上、倅のゐた時と同じやうに働いて貰はうと思つてゐた。壻には仁太郎の従弟《いとこ》に当る与吉を貰へばとも思つてゐた。
 それだけに丁度初七日の翌朝、お民の片づけものをし出した時には、お住の驚いたのも格別だつた。お住はその時孫の広次を奥部屋の縁側に遊ばせてゐた。遊ばせる玩具《おもちや》は学校のを盗んだ花盛りの桜の一枝だつた。
「のう、お民、おらあけふまで黙つてゐたのは悪いけんど、お前はよう、この子とおらとを置いたまんま、はえ、出て行つてしまふのかよう?」
 お住は詰《なじ》ると云ふよりは訴へるやうに声をかけた。が、お民は見向きもせずに、「何を云ふぢやあ、おばあさん」と笑ひ声を出したばかりだつた。それでもお住はどの位ほつとしたことだか知れなかつた。
「さうずらのう。まさかそんなことをしやあしめえのう。……」
 お住はなほくどくどと愚痴《ぐち》まじりの歎願を繰り返した。同時に又彼女自身の言葉にだんだん感傷を催し出した。しまひには涙も幾すぢか皺《しわ》だらけの頬を伝はりはじめた。
「はいさね。わしもお前さんさへ好《よ》けりや、いつま
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