。実際又お民は男手も借りずに、芋を植ゑたり麦を刈つたり、以前よりも仕事に精を出してゐた。のみならず夏には牝牛を飼ひ、雨の日でも草刈りに出かけたりした。この烈しい働きぶりは今更他人を入れることに対する、それ自身力強い抗弁だつた。お住もとうとうしまひには壻を取る話を断念した。尤《もつと》も断念することだけは必しも彼女には不愉快ではなかつた。
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お民は女の手一つに一家の暮しを支へつづけた。それには勿論「広の為」といふ一念もあるのに違ひなかつた。しかし又一つには彼女の心に深い根ざしを下ろしてゐた遺伝の力もあるらしかつた。お民は不毛の山国からこの界隈《かいわい》へ移住して来た所謂《いはゆる》「渡りもの」の娘だつた。「お前さんとこのお民さんは顔に似合はなえ力があるねえ。この間も陸稲《をかぼ》の大束を四|把《ぱ》づつも背負つて通つたぢやなえかね。」――お住は隣の婆さんなどからそんなことを聞かされるのも度たびだつた。
お住は又お民に対する感謝を彼女の仕事に表さうとした。孫を遊ばせたり、牛の世話をしたり、飯を焚《た》いたり、洗濯をしたり、隣へ水を汲みに行つたり、――家の中の仕事も少くはなかつた。しかしお住は腰を曲げたまま、何かと楽しさうに働いてゐた。
或秋も暮れかかつた夜、お民は松葉束を抱へながら、やつと家へ帰つて来た。お住は広次をおぶつたなり、丁度狭苦しい土間の隅に据風呂の下を焚きつけてゐた。
「寒かつつらのう。晩《おそ》かつたぢや?」
「けふはちつといつもよりや、余計な仕事してゐたぢやあ。」
お民は松葉束を流しもとへ投げ出し、それから泥だらけの草鞋《わらぢ》も脱がずに、大きい炉側《ろばた》へ上《あが》りこんだ。炉の中には櫟《くぬぎ》の根つこが一つ、赤あかと炎を動かしてゐた。お住は直《すぐ》に立ち上らうとした。が、広次をおぶつた腰は風呂桶の縁《ふち》につかまらない限り、容易に上げることも出来ないのだつた。
「直《すぐ》と風呂へはえんなよ。」
「風呂よりもわしは腹が減つてるよ。どら、さきに藷《いも》でも食ふべえ。――煮てあるらあねえ? おばあさん。」
お住はよちよち流し元へ行き、惣菜《そうざい》に煮た薩摩藷《さつまいも》を鍋ごと炉側へぶら下げて来た。
「とうに煮て待つてたせえにの、はえ、冷たくなつてるよう。」
二人は藷を竹串
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