はお前なりに生きる外はない。或は又お前なりに……
僕 さうだ。僕なりに死ぬ外はない。
或声 お前は在来のお前とは違つた、新らしいお前になるだらう。
僕 僕はいつでも僕自身だ。唯皮は変るだらう。蛇の皮を脱ぎ変へるやうに。
或声 お前は何も彼も承知してゐる。
僕 いや、僕は承知してゐない。僕の意識してゐるのは僕の魂の一部分だけだ。僕の意識してゐない部分は、――僕の魂のアフリカはどこまでも茫々《ばうばう》と広がつてゐる。僕はそれを恐れてゐるのだ。光の中には怪物は棲《す》まない。しかし無辺の闇の中には何かがまだ眠つてゐる。
或声 お前も亦俺の子供だつた。
僕 誰だ、僕に接吻したお前は? いや、僕はお前を知つてゐる。
或声 では俺を誰だと思ふ?
僕 僕の平和を奪つたものだ。僕のエピキユリアニズムを破つたものだ。僕の、――いや、僕ばかりではない。昔支那の聖人の教へた中庸の精神を失はせるものだ。お前の犠牲になつたものは至る所に横はつてゐる。文学史の上にも、新聞記事の上にも。
或声 それをお前は何と呼んでゐる?
僕 僕は――僕は何と呼ぶかは知らない。しかし他人の言葉を借りれば、お前は僕等を超えた力だ。
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