、誰にも暗いのはわかつてゐる。しかも又「選ばれたる少数」とは阿呆と悪人との異名なのだ。
或声 では勝手に苦しんでゐろ。お前は俺を知つてゐるか? 折角お前を慰めに来た俺を?
僕 お前は犬だ。昔あのフアウストの部屋へ犬になつてはひつて行つた悪魔だ。
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       三

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或声 お前は何をしてゐるのだ?
僕 僕は唯書いてゐるのだ。
或声 なぜお前は書いてゐるのだ。
僕 唯書かずにはゐられないからだ。
或声 では書け。死ぬまで書け。
僕 勿論、――第一その外に仕かたはない。
或声 お前は存外落ち着いてゐる。
僕 いや、少しも落ち着いてはゐない。若し僕を知つてゐる人々ならば、僕の苦しみを知つてゐるだらう。
或声 お前の微笑はどこへ行つた?
僕 天上の神々へ帰つてしまつた。人生に微笑を送る為に第一には吊《つ》り合《あ》ひの取れた性格、第二に金、第三に僕よりも逞しい神経を持つてゐなければならぬ。
或声 しかしお前は気軽になつたらう。
僕 うん、僕は気軽になつた。その代りに裸の肩の上に一生の重荷を背負はなければならぬ。
或声 お前
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