名の由《よ》つて来る所は必《かならず》しも多言するを要せざるべし。大豆右衛門、二十三歳の時、「さねかづら取りて京の歴々の女中方へ売べしと逢坂山《あふさかやま》にわけ登り」しが、偶《たまたま》玉貌《ぎよくばう》の仙女《せんぢよ》と逢ひ、一粒《いちりふ》の金丹《きんたん》を服するを得たり。「ありがたくおし頂きてのむに、忽ち其身雪霜の消ゆる如くみぢみぢとなつて、芥子人形《けしにんぎやう》の如くになれり。」こは人倫の交《まじは》りを不可能ならしむるに似たれども、仙女の説明する所によれば、「色里《いろざと》にても又は町家の歴々の奥がたにても、心のままにあはれるなり。(中略)汝《なんぢ》があふて見度《みたし》と思ふ女のねんごろにする男の懐《ふところ》の中に入れば、その男の魂ぬけ出《いで》、汝|仮《かり》に其男に入れかはりて、相手の女を自由にする事、又なき楽しみにあらずや」と云へば、頗《すこぶ》る便利なる転身《てんしん》と云ふべし。爾来《じらい》大豆右衛門、色を天下に漁《ぎよ》すと雖も、迷宮《めいきゆう》に似たる人生は容易に幸福を与ふるものにあらず。たとへば巻一の「姉《あね》の異見|耳痛樫木枕《みみ
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