ちつれ出でにける。名にしおふ難波《なには》の大湊《おほみなと》、先《まづ》此所《ここ》へと心ざし、少しのしるべをたずね、それより茶屋奉公にいだしける。(中略)扨《さて》此娘、(中略)つとめに出《いづ》る其日より、富豪の大臣かかり、早速《さそく》に身うけして、三八夫婦母おやも大阪へ引きとり、有りしにかはる暮《くらし》と成り、三八夏は蚊帳《かや》の代りにせし身を腰元《こしもと》共に床《とこ》を扇《あふ》がせ、女房は又|姑《しうとめ》にあたへし乳房《ちぶさ》を虎屋《とらや》が羊羹《やうかん》にしかへ、氷から鯉《こひ》も古めかしと、水晶の水舟《みづぶね》に朝鮮金魚を泳がせて楽しみ、是《これ》至孝のいたす所なり。」
天は孝子に幸福を与へず。孝子に幸福を与へしものは何人《なんびと》かの遺失せる塩竹の子のみ。或は身を売れる一人《ひとり》娘のみ。作者の俗言を冷笑するも亦《また》悪辣《あくらつ》を極《きは》めたりと云ふべし。予《よ》はこの皮肉なる現実主義に多少の同情を有するものなり。唯唯作者の論理的|頭脳《づなう》は残念にも余り雋鋭《しゆんえい》ならず。「餓鬼聖霊会《がきしやうりやうゑ》を論ずる事」の
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