心するのです。が、ちょうど妊娠《にんしん》しているために、それを断行する勇気がありません。そこで達雄に愛されていることをすっかり夫に打ち明けるのです。もっとも夫を苦しめないように、彼女も達雄を愛していることだけは告白せずにしまうのですが。
 主筆 それから決闘にでもなるのですか?
 保吉 いや、ただ夫は達雄の来た時に冷かに訪問を謝絶《しゃぜつ》するのです。達雄は黙然《もくねん》と唇《くちびる》を噛んだまま、ピアノばかり見つめている。妙子は戸の外に佇《たたず》んだなりじっと忍び泣きをこらえている。――その後《のち》二月《ふたつき》とたたないうちに、突然官命を受けた夫は支那《しな》の漢口《ハンカオ》の領事館へ赴任《ふにん》することになるのです。
 主筆 妙子も一しょに行くのですか?
 保吉 勿論一しょに行くのです。しかし妙子は立つ前に達雄へ手紙をやるのです。「あなたの心には同情する。が、わたしにはどうすることも出来ない。お互に運命だとあきらめましょう。」――大体そう云う意味ですがね。それ以来妙子は今日までずっと達雄に会わないのです。
 主筆 じゃ小説はそれぎりですね。
 保吉 いや、もう少
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