日ましにだんだん高まるばかりなのです。
 主筆 達雄はどう云う男なのですか?
 保吉 達雄は音楽の天才です。ロオランの書いたジャン・クリストフとワッセルマンの書いたダニエル・ノオトハフトとを一丸《いちがん》にしたような天才です。が、まだ貧乏だったり何かするために誰にも認められていないのですがね。これは僕の友人の音楽家をモデルにするつもりです。もっとも僕の友人は美男《びなん》ですが、達雄は美男じゃありません。顔は一見ゴリラに似た、東北生れの野蛮人《やばんじん》なのです。しかし目だけは天才らしい閃《ひらめ》きを持っているのですよ。彼の目は一塊《いっかい》の炭火《すみび》のように不断の熱を孕《はら》んでいる。――そう云う目をしているのですよ。
 主筆 天才はきっと受けましょう。
 保吉 しかし妙子は外交官の夫に不足のある訣《わけ》ではないのです。いや、むしろ前よりも熱烈に夫を愛しているのです。夫もまた妙子を信じている。これは云うまでもないことでしょう。そのために妙子の苦しみは一層つのるばかりなのです。
 主筆 つまりわたしの近代的と云うのはそう云う恋愛のことですよ。
 保吉 達雄はまた毎日電
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