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保吉 女主人公《じょしゅじんこう》は若い奥さんなのです。外交官の夫人なのです。勿論東京の山《やま》の手《て》の邸宅《ていたく》に住んでいるのですね。背《せい》のすらりとした、ものごしの優しい、いつも髪は――一体読者の要求するのはどう云う髪に結《ゆ》った女主人公ですか?
主筆 耳隠《みみかく》しでしょう。
保吉 じゃ耳隠しにしましょう。いつも髪を耳隠しに結った、色の白い、目の冴《さ》え冴《ざ》えしたちょっと唇《くちびる》に癖のある、――まあ活動写真にすれば栗島澄子《くりしますみこ》の役所《やくどころ》なのです。夫の外交官も新時代の法学士ですから、新派悲劇じみたわからずやじゃありません。学生時代にはベエスボールの選手だった、その上道楽に小説くらいは見る、色の浅黒い好男子なのです。新婚の二人は幸福に山の手の邸宅に暮している。一しょに音楽会へ出かけることもある。銀座通りを散歩することもある。………
主筆 勿論|震災《しんさい》前でしょうね?
保吉 ええ、震災のずっと前です。……一しょに音楽会へ出かけることもある。銀座通りを散歩することもある。あるいはまた西洋間《せいようま》の電燈
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