思っている小説があるのです。
 主筆 そうですか? それは結構です。もし書いて頂ければ、大いに新聞に広告しますよ。「堀川氏の筆に成れる、哀婉《あいえん》極《きわま》りなき恋愛小説」とか何とか広告しますよ。
 保吉 「哀婉極りなき」? しかし僕の小説は「恋愛は至上《しじょう》なり」と云うのですよ。
 主筆 すると恋愛の讃美《さんび》ですね。それはいよいよ結構です。厨川《くりやがわ》博士《はかせ》の「近代恋愛論」以来、一般に青年男女の心は恋愛至上主義に傾いていますから。……勿論近代的恋愛でしょうね?
 保吉 さあ、それは疑問ですね。近代的|懐疑《かいぎ》とか、近代的盗賊とか、近代的|白髪染《しらがぞ》めとか――そう云うものは確かに存在するでしょう。しかしどうも恋愛だけはイザナギイザナミの昔以来余り変らないように思いますが。
 主筆 それは理論の上だけですよ。たとえば三角関係などは近代的恋愛の一例ですからね。少くとも日本の現状では。
 保吉 ああ、三角関係ですか? それは僕の小説にも三角関係は出て来るのです。……ざっと筋を話して見ましょうか?
 主筆 そうして頂ければ好都合《こうつごう》です
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