へ薬を取りに行く途中、群を成した水鳥が、屡《しばしば》空を渡るのを見た。するとある日彼は蘭袋の家の玄関で、やはり薬を貰いに来ている一人の仲間《ちゅうげん》と落ち合った。それが恩地小左衛門《おんちこざえもん》の屋敷のものだと云う事は、蘭袋の内弟子《うちでし》と話している言葉にも自《おのずか》ら明かであった。彼はその仲間が帰ってから、顔馴染《かおなじみ》の内弟子に向って、「恩地殿のような武芸者も、病には勝てぬと見えますな。」と云った。「いえ、病人は恩地様ではありません。あそこに御出でになる御客人です。」――人の好さそうな内弟子は、無頓着にこう返事をした。
 それ以来喜三郎は薬を貰いに行く度に、さりげなく兵衛の容子《ようす》を探った。ところがだんだん聞き出して見ると、兵衛はちょうど平太郎の命日頃から、甚太夫と同じ痢病のために、苦しんでいると云う事がわかった。して見れば兵衛が祥光院へ、あの日に限って詣《もう》でなかったのも、その病のせいに違いなかった。甚太夫はこの話を聞くと、一層病苦に堪えられなくなった。もし兵衛が病死したら、勿論いくら打ちたくとも、敵《かたき》の打てる筈はなかった。と云って兵
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