ち家中《かちゅう》に広まったのであった。それには勿論同輩の嫉妬《しっと》や羨望《せんぼう》も交《まじ》っていた。が、彼を推挙した内藤三左衛門《ないとうさんざえもん》の身になって見ると、綱利の手前へ対しても黙っている訳には行かなかった。そこで彼は甚太夫を呼んで、「ああ云う見苦しい負を取られては、拙者の眼がね違いばかりではすまされぬ。改めて三本勝負を致されるか、それとも拙者が殿への申訳けに切腹しようか。」とまで激語した。家中の噂を聞き流していたのでは、甚太夫も武士が立たなかった。彼はすぐに三左衛門の意を帯して、改めて指南番|瀬沼兵衛《せぬまひょうえ》と三本勝負をしたいと云う願書《ねがいしょ》を出した。
 日ならず二人は綱利の前で、晴れの仕合《しあい》をする事になった。始《はじめ》は甚太夫が兵衛の小手《こて》を打った。二度目は兵衛が甚太夫の面《めん》を打った。が、三度目にはまた甚太夫が、したたか兵衛の小手を打った。綱利は甚太夫を賞するために、五十|石《こく》の加増を命じた。兵衛は蚯蚓腫《みみずばれ》になった腕を撫《な》でながら、悄々《すごすご》綱利の前を退いた。
 それから三四日経ったある雨
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