刀《しない》を執《と》って、また三人の侍を打ち据えた。四人目には家中の若侍に、新陰流《しんかげりゅう》の剣術を指南している瀬沼兵衛《せぬまひょうえ》が相手になった。甚太夫は指南番の面目《めんぼく》を思って、兵衛に勝を譲ろうと思った。が、勝を譲ったと云う事が、心あるものには分るように、手際よく負けたいと云う気もないではなかった。兵衛は甚太夫と立合いながら、そう云う心もちを直覚すると、急に相手が憎《にく》くなった。そこで甚太夫がわざと受太刀《うけだち》になった時、奮然と一本突きを入れた。甚太夫は強く喉《のど》を突かれて、仰向《あおむ》けにそこへ倒れてしまった。その容子《ようす》がいかにも見苦しかった。綱利《つなとし》は彼の槍術を賞しながら、この勝負があった後《のち》は、甚《はなはだ》不興気《ふきょうげ》な顔をしたまま、一言《いちごん》も彼を犒《ねぎら》わなかった。
 甚太夫の負けざまは、間もなく蔭口《かげぐち》の的になった。「甚太夫は戦場へ出て、槍の柄を切り折られたら何とする。可哀《かわい》や剣術は竹刀《しない》さえ、一人前には使えないそうな。」――こんな噂《うわさ》が誰云うとなく、たちま
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