、「伝右衛門殿をよんで来ましょう。」とか何とか云うと、早速隔ての襖《ふすま》をあけて、気軽く下の間へ出向いて行った。そうして、ほどなく、見た所から無骨《ぶこつ》らしい伝右衛門を伴なって、不相変《あいかわらず》の微笑をたたえながら、得々《とくとく》として帰って来た。
「いや、これは、とんだ御足労を願って恐縮でございますな。」
忠左衛門は、伝右衛門の姿を見ると、良雄《よしかつ》に代って、微笑しながらこう云った。伝右衛門の素朴で、真率《しんそつ》な性格は、お預けになって以来、夙《つと》に彼と彼等との間を、故旧《こきゅう》のような温情でつないでいたからである。
「早水氏《はやみうじ》が是非こちらへ参れと云われるので、御邪魔とは思いながら、罷《まか》り出ました。」
伝右衛門は、座につくと、太い眉毛を動かしながら、日にやけた頬の筋肉を、今にも笑い出しそうに動かして、万遍なく一座を見廻した。これにつれて、書物を読んでいたのも、筆を動かしていたのも、皆それぞれ挨拶《あいさつ》をする。内蔵助もやはり、慇懃《いんぎん》に会釈をした。ただその中で聊《いささ》か滑稽の観があったのは、読みかけた太平記を前に
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