置いて、眼鏡をかけたまま、居眠りをしていた堀部弥兵衛が、眼をさますが早いか、慌ててその眼鏡をはずして、丁寧に頭を下げた容子《ようす》である。これにはさすがな間喜兵衛も、よくよく可笑《おか》しかったものと見えて、傍《かたわら》の衝立《ついたて》の方を向きながら、苦しそうな顔をして笑をこらえていた。
「伝右衛門殿も老人はお嫌いだと見えて、とかくこちらへはお出《いで》になりませんな。」
 内蔵助は、いつに似合わない、滑《なめらか》な調子で、こう云った。幾分か乱されはしたものの、まだ彼の胸底には、さっきの満足の情が、暖く流れていたからであろう。
「いや、そう云う訳ではございませんが、何かとあちらの方々《かたがた》に引とめられて、ついそのまま、話しこんでしまうのでございます。」
「今も承《うけたまわ》れば、大分《だいぶ》面白い話が出たようでございますな。」
 忠左衛門も、傍《かたわら》から口を挟《はさ》んだ。
「面白い話――と申しますと……」
「江戸中で仇討《あだうち》の真似事が流行《はや》ると云う、あの話でございます。」
 藤左衛門は、こう云って、伝右衛門と内蔵助《くらのすけ》とを、にこにこし
前へ 次へ
全23ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング