のした事の影響が、意外な所まで波動したのに、聊《いささ》か驚いただけなのである。が、ふだんの彼なら、藤左衛門や忠左衛門と共に、笑ってすませる筈のこの事実が、その時の満足しきった彼の心には、ふと不快な種を蒔《ま》く事になった。これは恐らく、彼の満足が、暗々の裡《うち》に論理と背馳《はいち》して、彼の行為とその結果のすべてとを肯定するほど、虫の好い性質を帯びていたからであろう。勿論当時の彼の心には、こう云う解剖的《かいぼうてき》な考えは、少しもはいって来なかった。彼はただ、春風《しゅんぷう》の底に一脈の氷冷《ひれい》の気を感じて、何となく不愉快になっただけである。
しかし、内蔵助《くらのすけ》の笑わなかったのは、格別二人の注意を惹かなかったらしい。いや、人の好い藤左衛門の如きは、彼自身にとってこの話が興味あるように、内蔵助にとっても興味があるものと確信して疑わなかったのであろう。それでなければ、彼は、更に自身|下《しも》の間《ま》へ赴いて、当日の当直だった細川家の家来、堀内伝右衛門を、わざわざこちらへつれて来などはしなかったのに相違ない。所が、万事にまめな彼は、忠左衛門を顧《かえりみ》て
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