《あだうち》じみた事が流行《はや》るそうでございます。」
「ははあ、それは思いもよりませんな。」
 忠左衛門は、けげんな顔をして、藤左衛門を見た。相手は、この話をして聞かせるのが、何故《なぜ》か非常に得意らしい。
「今も似よりの話を二つ三つ聞いて来ましたが、中でも可笑《おか》しかったのは、南八丁堀《みなみはっちょうぼり》の湊町《みなとちょう》辺にあった話です。何でも事の起りは、あの界隈《かいわい》の米屋の亭主が、風呂屋で、隣同志の紺屋の職人と喧嘩をしたのですな。どうせ起りは、湯がはねかったとか何とか云う、つまらない事からなのでしょう。そうして、その揚句《あげく》に米屋の亭主の方が、紺屋の職人に桶で散々|撲《なぐ》られたのだそうです。すると、米屋の丁稚《でっち》が一人、それを遺恨に思って、暮方《くれがた》その職人の外へ出る所を待伏せて、いきなり鉤《かぎ》を向うの肩へ打ちこんだと云うじゃありませんか。それも「主人の讐《かたき》、思い知れ」と云いながら、やったのだそうです。……」
 藤左衛門は、手真似をしながら、笑い笑い、こう云った。
「それはまた乱暴至極ですな。」
「職人の方は、大怪我《お
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