とは怠らなかつた。彼等は相変らず熱心に彼等の問題を論じ合つてゐた。のみならず地下水の石を鑿《うが》つやうにじりじり実行へも移らうとしてゐた。
 彼の父も今となつては彼に干渉《かんせふ》を加へなかつた。彼は或女と結婚し、小さい家に住むやうになつた。彼の家は実際小さかつた。が、彼は不満どころか、可なり幸福に感じてゐた。妻、小犬、庭先のポプラア、――それ等は彼の生活に何か今まで感じなかつた或親しみを与へたのだつた。
 彼は家庭を持つたために、一つには又寸刻を争ふ勤め先の仕事に追はれたために、いつか彼等の会合へ顔を出すのを怠るやうになつた。しかし彼の情熱は決して衰へた訣《わけ》ではなかつた。少くとも彼は現在の彼も決して数年以前の彼と変らないことを信じてゐた。が、彼等は――彼の同志は彼自身のやうには考へなかつた。殊に彼等の団体へ新《あらた》にはひつて来た青年たちは彼の怠惰《たいだ》を非難するのに少しも遠慮を加へなかつた。
 それは勿論いつの間《ま》にか一層彼等の会合から彼を遠ざけずには措《お》かなかつた。そこへ彼は父親になり、愈《いよいよ》家庭に親しみ出した。けれども彼の情熱はやはり社会主義に向
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