そのうちに僕はスプリング・ボオドなしに死に得る自信を生じた。それは誰も一しよに死ぬもののないことに絶望した為に起つた為ではない。寧《むし》ろ次第に感傷的になつた僕はたとひ死別するにもしろ、僕の妻を劬《いたは》りたいと思つたからである。同時に又僕一人自殺することは二人一しよに自殺するよりも容易であることを知つたからである。そこには又僕の自殺する時を自由に選ぶことの出来ると云ふ便宜もあつたのに違ひない。
最後に僕の工夫したのは家族たちに気づかれないやうに巧みに自殺することである。これは数箇月準備した後、兎に角或自信に到達した。(それ等の細部に亘《わた》ることは僕に好意を持つてゐる人々の為に書くわけには行かない。尤《もつと》もここに書いたにしろ、法律上の自殺|幇助罪《ほうじよざい》※[#始め二重括弧、1−2−54]このくらゐ滑稽な罪名はない。若しこの法律を適用すれば、どの位犯罪人の数を殖《ふ》やすことであらう。薬局や銃砲店や剃刀屋《かみそりや》はたとひ「知らない」と言つたにもせよ、我々人間の言葉や表情に我々の意志の現れる限り、多少の嫌疑を受けなければならぬ。のみならず社会や法律はそれ等自身
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