いちぎやう》のボオドレエルにも若《し》かない。」
彼は暫《しばら》く梯子の上からかう云ふ彼等を見渡してゐた。……
二 母
狂人たちは皆同じやうに鼠色の着物を着せられてゐた。広い部屋はその為に一層憂欝に見えるらしかつた。彼等の一人はオルガンに向ひ、熱心に讃美歌を弾《ひ》きつづけてゐた。同時に又彼等の一人は丁度部屋のまん中に立ち、踊ると云ふよりも跳《は》ねまはつてゐた。
彼は血色の善《い》い医者と一しよにかう云ふ光景を眺めてゐた。彼の母も十年前には少しも彼等と変らなかつた。少しも、――彼は実際彼等の臭気に彼の母の臭気を感じた。
「ぢや行かうか?」
医者は彼の先に立ちながら、廊下伝ひに或部屋へ行つた。その部屋の隅にはアルコオルを満した、大きい硝子《ガラス》の壼の中に脳髄が幾つも漬《つか》つてゐた。彼は或脳髄の上にかすかに白いものを発見した。それは丁度卵の白味をちよつと滴《た》らしたのに近いものだつた。彼は医者と立ち話をしながら、もう一度彼の母を思ひ出した。
「この脳髄を持つてゐた男は××電燈会社の技師だつたがね。いつも自分を黒光りのする、大きいダイナモだと思つてゐたよ
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