わめき立てて、何うしても二人を通すまいとする。そこでバルタザアルは拳をかためて亭主を一なぐりに殴り仆した。之を見て酔たんぼが五六人、ナイフを抜いて、二人に向つて来た。けれどもバルタザアルが埃及葱《エジプトねぎ》を撞くのに使ふ大きな杵を取つて、いきなり向つて来る奴を二人叩き仆したので、外の奴はしり込みをして手を出さない。女王はバルタザアルの陰にぴたりくつついて小さくなつてゐる。そこで王は始終バルキスの肌の温みを感じる事が出来た。王をして勇往果敢ならしめた理由は蓋し是にあつたのである。
居酒屋の亭主の仲間は、側へは寄りつかずに、酒場の隅から油壺だの白鑞をひいた皿小鉢だの火のついたランプだのを抛りつける。仕舞には羊が丸ごと煮えてゐた大きな青銅《からかね》の鍋さへも投げつけた。鍋は恐しい音を立てながら、バルタザアルの頭の上に落ちて脳天に傷を負はせた。流石のバルタザアルも暫の間は眼が眩んだ様に立つてゐたが、やがて渾身の力をあつめて其鍋を投げ返した。鍋の目方が十倍になる程の勢である。凄じい音を立てて鍋がぶつかると共に名状し難い怒号と断末魔の叫喚とが起つた。バルキスに怪我でもあつてはと、王は生残つ
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