或夜バルタザアルが塔の上であの不思議な星を眺めてゐた時に、ふと眼を地上に転ずると、蟻の群の様に一条の黒い長い線が沙漠の遠いはてに逶※[#「二点しんにょう+施のつくり」、第3水準1−92−52]《ゐい》としてうねつてゐるのが見えた。
蟻と見えた物が少しづつ大きくなつて、やがて王には多くの馬、多くの駱駝、多くの象を弁別する事が出来る様になつた。
旅人の隊が市に近づいた時に、バルタザアルはシバの女王の護衛兵の黒い馬と夜目にも輝く偃月刀《えんげつたう》とを認めたのである。否、女王自身さへも認めたのである。王ははげしい懊悩を感じた。それは又女王に恋をし兼ねない様な気がしたからである。星は神秘な光明を放つて天上に輝いてゐる。下には紫と金との輿の上にバルキスが星のやうに小さくきらめいて見えるのである。
バルタザアルは恐しい力で女王の方に引寄せられるのを感じた。けれども王は猶必死の勇を鼓して頭をそむけた。そして眼を上げて再び星を眺めた。すると星がかう云ふのである。
『天なる神に光栄あれ。地なる善人に平和あれ。国王バルタザアルよ。一斗の没薬をとりてわれに従へ。われ汝を導きて、今や厩の中、驢馬と牡牛
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