ュ新奇な光景を、わしの前に示してくれた。わしは、今新しい世界と新しい事物の秩序との中に生れて来るのであつた。
すると恐しい苦痛がわしの心を、赤熱した釘抜のやうに苛《さいな》みはじめた。一|分《ぷん》一分が、わしには一秒であると共に又一世紀であるやうに思はれた。此間に式が進んで、わしは間も無く、わしの新たに生れた欲望が烈しく、闖入しようとしてゐた世界から、遠くへ引離されてしまつたのである。わしは「否」と云ひたい所を「然り」と答へた。これはわしの心の中にある凡ての物がわしの霊魂に加へた舌の暴行に対して極力反抗したが其甲斐がなかつたのである。恐らく、多くの少女が断然父母の定めた夫を拒絶する心算《つもり》で、祭壇へ歩んで行くのにも関らず、一人として其目的を果す者の無いのも、かうした訳からに相違ない。そして多くの燐れな新参の僧侶が誓言を述べに呼ばれる時には、面※[#「巾+白」、第4水準2−8−83]《ヴェール》をずた/\に裂く決心をしてゐながら、阿容々々とそれを取つてしまふのも亦確にかうした訳からである。かくして人は、其処にゐる凡ての人々に対して大なる誹謗《ひばう》の声を挙げる事を敢てしないと
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