フ男の運命を定めるのも容易なのに相違ない。其眼はわしが是迄人間の眼に見る事の出来なかつた生命と光明と情熱と潤ひのある光とを持つてゐる。其眼は又絶えず矢のやうに光を射てゐる。そしてわしは確に、その光がわしの心の臓に這入つたのを見た[#「見た」に傍点]。わしは其眼に輝いてゐる火が、天上から来たのか、地獄から来たのかを知らない。けれども、それは確に其二つの中のどちらからか来たのである。彼女は天使か、さもなくば悪魔である。そして恐らくは又両方であつたらしい。兎に角、彼女が我等の同じき母なるエヴの胎から生れた者で無い事は確である。それから此上もなく光沢《つや》のある真珠の歯が、紅い微笑《ほゝゑみ》の中にきらめいて、唇の彎《ゆが》む毎に、小さな靨《ゑくぼ》が、繻子のやうな薔薇色のうつくしい頬に現れる。そして鼻の孔《あな》の正しい輪廓にも、高貴な生れを示す嫋《なよ》やかさと誇らしさとが見えてゐる。半ば露《あらは》した肩の滑な光沢《つや》のある皮膚の上には、瑪瑙《めのう》の光がゆらめき、大きな黄味のある真珠を綴つた紐は――其色の美しさは殆ど彼女の頸に匹敵する――彼女の胸の上にたれてゐる。時々、彼女は物
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