A殆どわしが何をしてゐるか知らぬ内に、次第に蠱惑がわしの心を捕へてしまつたからである。
それにも関らず、忽ち又、わしは眼を開いた。何故と云へば、わしは睫毛の間からも、彼女が虹色にきらめきながら、太陽を凝視《みつめ》てゐる時に見えるやうな、紫の半陰影に囲まれてゐるのを見たからであつた。
おゝ如何に彼女は美しかつたであらう。理想の美を天上に求めて、其処から聖母の真像を地上に齎し帰つた大画家でも、其輪廓に於ては到底、わしが今見てゐる、自然の美しい実在に及ぶ事は出来ない。詩人の詩、画家の画板も、彼女の概念を与へる事は、全く不可能である。彼女はどちらかと云へば、背の高い方で、女神のやうな姿と態度とを備へてゐる。柔かな金髪は、真中から分れて、顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》の上へ二つの漣立《さゞなみた》つた黄金の河を流してゐた。丁度、王冠を頂いた女王のやうにも思はれる。すき透るばかりに青白い額は又静に眉毛の上に拡がつてゐる。其眉毛は不思議にも殆ど黒く、抑へ難い快活と光明とに溢れた海の如く青い眼の感じを飽く迄もうつくしく強めてゐる。あゝ、何と云ふ眼であらう。唯一度瞬けば一人
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