「。わしの野心は、之以上に高い目標を認める事が出来なかつたのである。
 わしが君に此様な事を云ふのは、わしの身の上に起つた事が、順当に行けば決して起らなかつたと云ふ事を知らせる為めに云ふのである。そしてわしが、不可解な蠱惑《こわく》の犠牲であつたと云ふ事を理解して貰ふ為めに云ふのである。
 終に当日が来た。わしは、自分が空に浮んでゐるか、肩に翼が生えたかと疑はれる程、軽快な足取りで、教会へ歩いて行つた。わしには、自分が天使であるかの如く思はれた。そして、わしの同輩の、真面目な考深い顔をしてゐるのが、如何にも不思議に思はれた。それは教会にも、わしの同輩が五六人ゐたからである。わしは一夜を祈祷に明した後なので、殆ど恍惚として一切を忘れようとしてゐた。年をとつた僧正も、わしには「永遠」に倚《よ》つてゐる神の如くに見えた。わしは実に、殿堂の穹窿《きゆうりゆう》を透《すか》して、天国を望む事が出来たのである。
 あの式の個条は君もよく知つてゐる――祓浄式、二つの形式の下に行はれる聖餐式、「改宗者の膏《あぶら》」を手の掌《ひら》に塗る式、それから、僧正と一しよに恭しく、神の前へ犠牲を捧げる式……

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