ノ、最も神聖な約束に満ちた眼色《めつき》をして見せるのである。彼女の眼が詩なら彼女の一瞥は正に唄であつた。
彼女はわしにかう云つてくれる。「貴方《あなた》が私のものになる思召しなら、私は貴方を天国にゐる神様より仕合せにしてあげます。天使たちでさへ貴方を嫉むでせう。貴方は貴方を包まうとする経帷子《きやうかたびら》を裂いておしまひなさい。私は『美』です、『若さ』です、『生命』です。私の所へいらつしやい。エホバはその代りに何を貴方に呉れるのでせう? 私たちの命は夢のやうに、永久の接吻の中に流れて行きます。其聖杯の葡萄酒を投げすてゝおしまひなさい。さうすれば貴方は自由です。私は貴方を『知られざる島』へつれて行つてあげます。貴方は、銀の天幕の下で厚い金の床の上で、私の胸にお眠りなさい。私は貴方を愛してゐるのですから。私は貴方の神の手から貴方を離してしまひたいのですから。貴方の神の前では、大ぜいの尊い心性《こゝろばへ》の人たちが、愛の血を流します。けれども其血は神のゐる玉座の階《きざはし》にさへとゞきません。」
是等の語は、わしの耳に無限の情味にあふれた諧律を作つて漂つて来るやうに思はれた。そ
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