翌フ性格にはクレオパトラに似た何物かが潜んでゐるのである。わしはと云ふと又王子のやうな宮臣の一列を従へて、常に大国の四福音宣伝師か十二使徒の一人と一家ででもあるやうな、畏敬を以て迎へられてゐた。わしは大統領《ドオヂ》を通すのでさへ、道を譲らうとはしなかつた。魔王《サタン》が天国から堕落して以来、わしより傲慢不遜な人間が此世にゐたとは信じられぬ。わしは又、リドットにも行つて、地獄のものとしか思はれぬ運をさへ弄んだ。わしはあらゆる社会の最も善良な部分――没落した家の子供達とか女役者とか奸黠な悪人とか佞人《ねいじん》とか空威張《からゐばり》をする人間とか――を歓待した。そして此様な生活に沈湎しながらも、わしは常にクラリモンドを忘れなかつた。わしは実に狂気のやうに彼女を愛してゐたのである。一人のクラリモンドを持つのは、二十人の情婦を持つのにも均しい。否、あらゆる女を持つのにも均しい。彼女は其一身に、無数の容貌の変化と無数の清新な嬌艶とを蔵してゐる――真に彼女は女のカメレオンである。彼女はわしの愛を百倍にして返して呉れた。彼女の求めるのは唯、愛である――彼女自身によつて目醒まされた、清浄な青春の愛である。しかも其愛は最初の、又最後の情熱でなければならない。かくしてわしも常に幸福であつた。唯、不幸なのは、毎夜必ず魘《うな》される時だけで、其の時はわしが貧しい田舎の牧師補になつた夢を見ながら、昼間の淫楽を悔いて、贖罪と苦行とに一身を捧げてゐるのである。わしは、常は彼女と親しんでゐられるのに安んじて、わしがクラリモンドと知るやうになつた不思議な関係を此上考へて見ようとはしなかつた。併し彼女に関する僧院長《アベ》セラピオンの言《ことば》は、屡々わしの記憶に現れて、わしの心に不安を与へずにはゐなかつた。
 其内に暫くの間クラリモンドの健康が平素のやうにすぐれなかつた。顔の色も日にまし青ざめる。医師を呼んで診《み》せても、病気の質《たち》がわからないので、どう治療していゝか見当《けんたう》が附かない。彼等は皆、役にも立たぬ処方箋を書いて、二度目からは来なくなつてしまふのである。けれ共彼女の顔色は、著しく青ざめて、一日は一日と冷くなる。そして遂には殆どあの不思議な城の記憶すべき夜のやうに、白く、血の気もなくなつてしまつた。わしは此様に徐々と死んでゆく彼女を見るに堪へないで、云ふ可からざる苦
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