ホテルの一室に大勢《おおぜい》の男女《なんにょ》に囲《かこ》まれたまま、トランプを弄《もてあそ》んでいるイイナである。黒と赤との着物を着たイイナはジプシイ占《うらな》いをしていると見え、T君にほほ笑《え》みかけながら、「今度はあなたの運《うん》を見て上げましょう」と言った。(あるいは言ったのだと云うことである。ダア以外の露西亜《ロシア》語を知らない僕は勿論十二箇国の言葉に通じたT君に翻訳して貰うほかはない。)それからトランプをまくって見た後《のち》、「あなたはあの人よりも幸福ですよ。あなたの愛する人と結婚出来ます」と言った。あの人と云うのはイイナの側に誰かと話していた露西亜《ロシア》人である。僕は不幸にも「あの人」の顔だの服装だのを覚えていない。わずかに僕が覚えているのは胸に挿《さ》していた石竹《せきちく》だけである。イイナの愛を失ったために首を縊《くく》って死んだと云うのはあの晩の「あの人」ではなかったであろうか?……
「それじゃ今夜は出ないはずだ。」
「好《い》い加減に外へ出て一杯《いっぱい》やるか?」
T君も勿論イイナ党である。
「まあ、もう一幕見て行こうじゃないか?」
僕等が
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