ていました。
「何を愚図々々《ぐずぐず》しているんだえ? ほんとうにお前位、ずうずうしい女はありゃしないよ。きっと又台所で居睡《いねむ》りか何かしていたんだろう?」
 恵蓮はいくら叱《しか》られても、じっと俯向《うつむ》いたまま黙っていました。
「よくお聞きよ。今夜は久しぶりにアグニの神へ、御伺いを立てるんだからね、そのつもりでいるんだよ」
 女の子はまっ黒な婆さんの顔へ、悲しそうな眼を挙《あ》げました。
「今夜ですか?」
「今夜の十二時。好《い》いかえ? 忘れちゃいけないよ」
 印度人の婆さんは、脅《おど》すように指を挙げました。
「又お前がこの間のように、私に世話ばかり焼かせると、今度こそお前の命はないよ。お前なんぞは殺そうと思えば、雛《ひよ》っ仔《こ》の頸《くび》を絞めるより――」
 こう言いかけた婆さんは、急に顔をしかめました。ふと相手に気がついて見ると、恵蓮はいつか窓際《まどぎわ》に行って、丁度明いていた硝子《ガラス》窓から、寂しい往来を眺《なが》めているのです。
「何を見ているんだえ?」
 恵蓮は愈《いよいよ》色を失って、もう一度婆さんの顔を見上げました。
「よし、よし、そ
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