う私を莫迦《ばか》にするんなら、まだお前は痛い目に会い足りないんだろう」
 婆さんは眼を怒《いか》らせながら、そこにあった箒《ほうき》をふり上げました。
 丁度その途端です。誰か外へ来たと見えて、戸を叩《たた》く音が、突然荒々しく聞え始めました。

     二

 その日のかれこれ同じ時刻に、この家の外を通りかかった、年の若い一人の日本人があります。それがどう思ったのか、二階の窓から顔を出した支那人の女の子を一目見ると、しばらくは呆気《あっけ》にとられたように、ぼんやり立ちすくんでしまいました。
 そこへ又通りかかったのは、年をとった支那人の人力車夫です。
「おい。おい。あの二階に誰が住んでいるか、お前は知っていないかね?」
 日本人はその人力車夫へ、いきなりこう問いかけました。支那人は楫棒《かじぼう》を握ったまま、高い二階を見上げましたが、「あすこですか? あすこには、何とかいう印度人の婆さんが住んでいます」と、気味悪そうに返事をすると、匆々《そうそう》行きそうにするのです。
「まあ、待ってくれ。そうしてその婆さんは、何を商売にしているんだ?」
「占い者《しゃ》です。が、この近所の
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