け》にとられたのでせう。暫《しばら》くは何とも答へずに、喘《あへ》ぐやうな声ばかり立ててゐました。が、妙子は婆さんに頓着せず、おごそかに話し続けるのです。
「お前は憐れな父親の手から、この女の子を盗んで来た。もし命が惜しかつたら、明日とも言はず今夜の内に、早速この女の子を返すが好い。」
 遠藤は鍵穴に眼を当てた儘、婆さんの答を待つてゐました。すると婆さんは驚きでもするかと思ひの外、憎々しい笑ひ声を洩らしながら、急に妙子の前へ突つ立ちました。
「人を莫迦《ばか》にするのも、好い加減におし。お前は私を何だと思つてゐるのだえ。私はまだお前に欺《だま》される程、耄碌《まうろく》はしてゐない心算《つもり》だよ。早速お前を父親へ返せ――警察の御役人ぢやあるまいし、アグニの神がそんなことを御言ひつけになつてたまるものか。」
 婆さんはどこからとり出したか、眼をつぶつた妙子の顔の先へ、一挺のナイフを突きつけました。
「さあ、正直に白状おし。お前は勿体《もつたい》なくもアグニの神の、声色《こわいろ》を使つてゐるのだらう。」
 さつきから容子《ようす》を窺《うかが》つてゐても、妙子が実際睡つてゐることは、勿論遠
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