―」
亜米利加人は煙草を啣《くは》へたなり、狡猾《かうくわつ》さうな微笑を浮べました。
「一体日米戦争はいつあるかといふことなんだ。それさへちやんとわかつてゐれば、我々商人は忽《たちま》ちの内に、大金儲けが出来るからね。」
「ぢや明日《あした》いらつしやい。それまでに占つて置いて上げますから。」
「さうか。ぢや間違ひのないやうに、――」
印度人の婆さんは、得意さうに胸を反《そ》らせました。
「私の占ひは五十年来、一度も外《はづ》れたことはないのですよ。何しろ私のはアグニの神が、御自身御告げをなさるのですからね。」
亜米利加人が帰つてしまふと、婆さんは次の間の戸口へ行つて、
「恵蓮《ゑれん》。恵蓮。」と呼び立てました。
その声に応じて出て来たのは、美しい支那人の女の子です。が、何か苦労でもあるのか、この女の子の下ぶくれの頬は、まるで蝋《らふ》のやうな色をしてゐました。
「何を愚図愚図《ぐづぐづ》してゐるんだえ? ほんたうにお前位、づうづうしい女はありやしないよ。きつと又台所で居眠りか何かしてゐたんだらう?」
恵蓮はいくら叱られても、ぢつと俯向《うつむ》いた儘《まま》黙つてゐました。
「よく
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