い女の子の下駄と――あれは何時《いつ》も老人の下駄と履脱《くつぬ》ぎの石にあつたものである。
 しかし去年の秋の末には、もうあの靴や薩摩《さつま》下駄が何処《どこ》からか其処《そこ》へはひつて来た。いや、履《は》き物ばかりではない。幾度もわたしを不快にした、あの一本の細巻きの洋傘《かうもり》! わたしは今でも覚えてゐる。あの小さい女の子の下駄には、それだけ又同情も深かつたことを。
 最後にあの乳母車《うばぐるま》! あれはつい四五日|前《まへ》から、格子戸《かうしど》の中にあるやうになつた。見給へ、男女の履《は》き物の間におしやぶりも一つ落ちてゐるのを。
 わたしは夜寒の裏通りに、あかあかと障子へ火の映《うつ》つた、或家の玄関を知つてゐる。丁度《ちやうど》まだ読まない本の目次《もくじ》だけざつと知つてゐるやうに。
[#地から1字上げ](大正十一年十二月)



底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
   1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
   1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行
入力:土屋隆
校正:松永正敏
2007年6月26日作成
青空文庫作
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