アろ》を拊《う》つて大笑《たいせう》せざらん。唯われは古玩を愛し、古玩のわれをして恍惚《くわうこつ》たらしむるを知る。売り立ての古玩は価《あたひ》高うして落札すること能《あた》はずと雖《いへど》も、古玩を愛するわが生の豪奢《がうしや》なるを誇るものなり。文章を作り、女人《によにん》を慕ひ、更に古玩を弄《もてあそ》ぶに至る、われ豈《あに》君王《くんわう》の楽しみを知らざらんや。旦暮《たんぼ》に死するも亦《また》瞑目《めいもく》すと言ふべし。雨後《うご》花落ちて啼鳥《ていてう》を聴く。神思《しんし》殆《ほとん》ど無何有《むかう》の郷《さと》にあるに似たり。即ちペンを走らせて「わが家の古玩」の一文を艸《さう》す。若し他日わが家の古玩の目録となるを得ば、幸甚《かうじん》なるべし。
[#地から1字上げ](昭和二年)
[#地から1字上げ]〔遺稿〕



底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
   1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
   1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行
入力:土屋隆
校正:松永正敏
2007年6月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このフ
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