囃子《はやし》をのせたり楽隊をのせたりした船が、橋の下を通ると、橋の上では「わあっ」と云う哂《わら》い声が起る。中には「莫迦《ばか》」と云う声も聞える。
 橋の上から見ると、川は亜鉛板《とたんいた》のように、白く日を反射して、時々、通りすぎる川蒸汽がその上に眩しい横波の鍍金《めっき》をかけている。そうして、その滑《なめらか》な水面を、陽気な太鼓の音、笛の音《ね》、三味線の音が虱《しらみ》のようにむず痒《かゆ》く刺している。札幌ビールの煉瓦壁《れんがかべ》のつきる所から、土手の上をずっと向うまで、煤《すす》けた、うす白いものが、重そうにつづいているのは、丁度、今が盛りの桜である。言問《こととい》の桟橋《さんばし》には、和船やボートが沢山ついているらしい。それがここから見ると、丁度大学の艇庫《ていこ》に日を遮られて、ただごみごみした黒い一色になって動いている。
 すると、そこへ橋をくぐって、また船が一艘出て来た。やはりさっきから何艘も通ったような、お花見の伝馬である。紅白の幕に同じ紅白の吹流しを立てて、赤く桜を染めぬいたお揃いの手拭で、鉢巻きをした船頭が二三人|櫓《ろ》と棹《さお》とで、代
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