にはいれば)私は、芸術が表現だと云ふ事はほんたうだと思つてゐます。
 まづ大体こんな事が、私に小説を書かせる直接な要求です。勿論間接にはまだ色々な要求があるでせう。或はその中に、人道的と云ふ形容詞を冠《かむ》らせられるやうなものも交《まじ》つてゐるかも知れません。が、それはどこまでも間接な要求です。私は始終《しじゆう》、平凡に、通俗に唯書きたいから書いて来ました。今後も又さうするでせう。又さうするより外《ほか》に、仕方がありません。
 まだこの外《ほか》、あなたの手紙には、態度とか何《なん》とか云ふ語《ことば》があつたやうです。或はなかつたかも知れませんが、もしあつたとすれば、その答は、私が直接の要求を「書きたいから書く」事に置いたので、略《ほぼ》わかるでせう。それから又、問題が私にはつきりしてゐない為に私の答へた所でも、あなたの要求された所と一致しなかつたかも知れません。それも不悪《あしからず》大目《おほめ》に見て置いて下さい。以上
[#地から1字上げ](大正六年十月)



底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
   1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
 
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