たいから書いてゐます。原稿料の為に書いてゐない如く、天下の蒼生《さうせい》の為にも書いてゐません。
ではその書きたいと云ふのは、どうして書きたいのだ――あなたはかう質問するでせう。が、夫《それ》は私にもよくわかりません。唯私にわかつてゐる範囲で答へれば、私の頭の中に何か混沌《こんとん》たるものがあつて、それがはつきりした形をとりたがるのです。さうしてそれは又、はつきりた形をとる事それ自身の中に目的を持つてゐるのです。だからその何か混沌《こんとん》たるものが一度頭の中に発生したら、勢《いきほひ》いやでも書かざるを得ません。さうするとまあ、体《てい》のいい恐迫観念《きやうはくくわんねん》に襲はれたやうなものです。
あなたがもう一歩進めて、その渾沌《こんとん》たるものとは何《なん》だと質問するなら、又私は窮さなければなりません。思想とも情緒ともつかない。――やつぱりまあ渾沌《こんとん》たるものだからです。唯その特色は、それがはつきりした形をとる迄《まで》は、それ自身になり切らないと云ふ点でせう。でせうではない。正にさうです。この点だけは外《ほか》の精神活動に見られません。だから(少し横道
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