祷の声が、空中に漂っているような心もちがした。
それは「べれん[#「べれん」に傍線]の国の若君様、今はいずこにましますか、御褒《おんほ》め讃《たた》え給え」と云う、簡古素朴《かんこそぼく》な祈祷だった。
彼の死骸を磔柱から下した時、非人は皆それが美妙な香《かおり》を放っているのに驚いた。見ると、吉助の口の中からは、一本の白い百合《ゆり》の花が、不思議にも水々しく咲き出ていた。
これが長崎著聞集《ながさきちょもんしゅう》、公教遺事《こうきょういじ》、瓊浦把燭談《けいほはしょくだん》等に散見する、じゅりあの[#「じゅりあの」に傍線]・吉助の一生である。そうしてまた日本の殉教者中、最も私《わたくし》の愛している、神聖な愚人の一生である。
[#地から1字上げ](大正八年八月)
底本:「芥川龍之介全集3」ちくま文庫、筑摩書房
1986(昭和61)年12月1日第1刷発行
1996(平成8)年4月1日第8刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月〜1971(昭和46)年11月
入力:j.utiyama
校正:earthian
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