そか》に住み慣れた三郎治の家を出奔《しゅっぽん》した。
 それから三年の間、吉助の消息は杳《よう》として誰も知るものがなかった。
 が、その後《ご》彼は乞食《こじき》のような姿になって、再び浦上村《うらかみむら》へ帰って来た。そうして元の通り三郎治に召使われる事になった。爾来《じらい》彼は朋輩の軽蔑も意としないで、ただまめまめしく仕えていた。殊に娘の兼《かね》に対しては、飼犬よりもさらに忠実だった。娘はこの時すでに婿を迎えて、誰も羨むような夫婦仲であった。
 こうして一二年の歳月は、何事もなく過ぎて行った。が、その間《あいだ》に朋輩は吉助の挙動に何となく不審《ふしん》な所のあるのを嗅《か》ぎつけた。そこで彼等は好奇心に駆られて、注意深く彼を監視し始めた。すると果して吉助は、朝夕《あさゆう》一度ずつ、額に十字を劃して、祈祷を捧げる事を発見した。彼等はすぐにその旨を三郎治に訴えた。三郎治も後難を恐れたと見えて、即座に彼を浦上村の代官所へ引渡した。
 彼は捕手《とりて》の役人に囲まれて、長崎の牢屋《ろうや》へ送られた時も、さらに悪びれる気色《けしき》を示さなかった。いや、伝説によれば、愚物の
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