ぜいの漁夫《れふし》たちが泥に吸はれた大船をひきなづんで居つた所に、怪しげな山男がどこからか現れて、その船の帆柱をむずとつかんだと見てあれば、苦もなく岸へひきよせて、一同の驚き呆れるひまに、早くも姿をかくしたと云ふ噂ぢや。ぢやによつて「れぷろぼす」を見知つたほどの山賤《やまがつ》たちは、皆この情ぶかい山男が、愈《いよいよ》「しりや」の国中から退散したことを悟つたれば、西空に屏風《びやうぶ》を立てまはした山々の峰を仰ぐ毎に、限りない名残りが惜しまれて、自《おのづか》らため息がもれたと申す。まいてあの羊飼のわらんべなどは、夕日が山かげに沈まうず時は、必《かならず》村はづれの一本杉にたかだかとよぢのぼつて、下につどうた羊のむれも忘れたやうに、「れぷろぼす」恋しや、山を越えてどち行つたと、かなしげな声で呼びつづけた。さてその後「れぷろぼす」が、如何なる仕合せにめぐり合うたか、右の一条を知らうず方々はまづ次のくだりを読ませられい。
二 俄大名のこと
さるほどに「れぷろぼす」は、難なく「あんちおきや」の城裡《じやうり》に参つたが、田舎《ゐなか》の山里とはこと変り、この「あんちおきや
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