うずとて、檜山《ひやま》ふかくわけ入つたに、この山男がのさのさと熊笹の奥から現れたれば、もてなし心に落葉を焚《た》いて、徳利の酒を暖めてとらせた。その滴《しづく》ほどな徳利の酒さへ、「れぷろぼす」は大きに悦《よろこ》んだけしきで、頭の中に巣食うた四十雀にも、杣たちの食《は》み残いた飯をばらまいてとらせながら、大あぐらをかいて申したは、
「それがしも人間と生れたれば、あつぱれ功名手がらをも致いて、末は大名ともならうずる。」と云へば、杣たちも打ち興じて、
「道理《ことわり》かな。おぬしほどの力量があれば、城の二つ三つも攻め落さうは、片手業《かたてわざ》にも足るまじい。」と云うた。その時「れぷろぼす」が、ちともの案ずる体《てい》で申すやうは、
「なれどここに一つ、難儀なことがおぢやる。それがしは日頃山ずまひのみ致いて居れば、どの殿の旗下《はたもと》に立つて、合戦を仕《つかまつ》らうやら、とんと分別を致さうやうもござない。就いては当今天下無双の強者《つはもの》と申すは、いづくの国の大将でござらうぞ。誰にもあれそれがしは、その殿の馬前に馳《は》せ参じて、忠節をつくさうずる。」と問うたれば、
「さ
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