れがしは今天が下に並びない大剛の者を尋ね出いて、その身内に仕へようずる志がおぢやるによつて、何とぞこれより後は不束《ふつつか》ながら、御主『えす・きりしと』の下部の数へ御加へ下されい。」と云うた。隠者の翁はこれを聞くと、あばら家の門に佇《たたず》みながら、俄に眉をひそめて答へたは、
「はてさて、せんない仕宜《しぎ》になられたものかな。総じて悪魔《ぢやぼ》の下部となつたものは、枯木に薔薇の花が咲かうずるまで、御主『えす・きりしと』に知遇し奉る時はござない。」とあつたに、「れぷろぼす」は又ねんごろに頭を下げて、
「たとへ幾千歳を経ようずるとも、それがしは初一念を貫かうずと決定《けつぢやう》致いた。さればまづ御主『えす・きりしと』の御意《みこころ》に叶ふべい仕業の段々を教へられい。」と申した。所で隠者の翁と山男との間には、かやうな問答がしかつめらしうとり交されたと申す事でおぢやる。
「ごへんは御経《おんきやう》の文句を心得られたか。」
「生憎《あいにく》一字半句の心得もござない。」
「ならば断食は出来申さうず。」
「如何《いか》なこと、それがしは聞えた大飯食ひでおぢやる。中々断食などはなるま
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